高地のような低酸素、低圧の条件下でトレーニングすること。赤血球の数が増えて、酸素の摂取能力と供給能力が増大するので、有酸素エネルギー代謝能の増大効果が得られる。一方、持久性トレーニングには、筋肉の酸素貯蔵体であるミオグロビン量を増やし、筋肉のミトコンドリア数を増やす効果がある。高地で持久性トレーニングをすると、大気環境の効果とトレーニングの相乗効果が得られる。その結果、最大酸素摂取能力が高まり、全身持久力が増大する。
低酸素環境となる高地では、筋肉への酸素の供給が制限されるため、身体に負担がかかり運動が強度になります。トレーニングが長期間にわたると血液中のヘモグロビン濃度が高くなり、平地でのトレーニングにくらべ筋肉への酸素運搬能力や、有酸素性エネルギーの生産能力が高まることで、心拍数の上がりにくいパワーのある身体がつくられます。
高所トレーニングが長距離のみならず多くのスポーツ種目のトレーニングとして有効である事はマラソンのアベベ選手(エチオピア・2500m)以来、有森選手、高橋選手、野口選手等の日本人女子選手の活躍とともに、つとに知られるところである。高所とは、標高が高く、気圧の低い場所であり酸素濃度も低い。2300mでは約0.8気圧(-20%)となる。高所トレーニングでは低酸素環境下での呼吸循環器系の亢進とトレーニングでの刺激効果の両者期待される。
血液中の赤血球やヘモグロビンを増やして持久力の向上を目指す場合には,高地に3週間以上滞在する必要があるが,短い期間(10日~2週間程度)の高地トレーニングを繰り返し実施することによっても効果が期待できる。また,3~7日間の高地トレーニングでも,平地でのパフォーマンスを向上させることが可能である。これは,増血作用を伴わないかたちで,骨格筋の酸素利用能力等を高めることによる効果と考えられる。高地トレーニングの至適な標高は,わが国では1,800~2,200 mとされているが,標高580 mでもVO2maxの低下が7%低下したことも報告されており,低い標高であっても吸循環系に負荷がかかるといえる。以上のような長距離選手が行う『高地トレーニング』というのは,酸素運搬能を高めて平地でのマラソンに必要な能力を向上させるということであるが,一方,「高地順化」は,選手が平地で発揮できる能力を,高地でも同じようなレベルで運動できるようにすることである。これは,約2週間程度の期間,該当する場所の標高かそれ以上の標高の高地でトレーニングによって可能とされている。
2010ワールドカップの日本代表チームが,2月から本大会終了までに「高地対策」として実施した取り組みは,「高地順化」であり,それらの取り組みは,1)選手の血液状態(基準値:ヘモグロビン15.0 g/dl,血清鉄60 ng/ml以上,フェリチン(貯蔵鉄)50 mg/ml以上,総タンパク7.2 g/dl以上)の確認と正常化,2)事前順化の促進(国内での低酸素吸入器(Altolab社)を用いた7回の低酸素吸入),3)日々のコンディションの確認(起床時アンケート(睡眠,疲労度等),起床時の動脈血酸素飽和度や脈拍数の測定,早朝第一尿の尿検査の実施)と対応,4)良質な食事(含·飲料水)の提供,5)リカバリー対策(高酸素吸入装置を用いた就寝前の30分高酸素吸引),6)高地順化の持続(南アフリカでの低酸素吸入),に集約される。また,キャンプ地がとてもリラックスできる素晴らしい環境であり,サッカー協会のチームマネジメントとしての環境整備も特筆される。全選手を対象に,様々な取り組みをスイス高地キャンプだけでなく,南アフリカでも継続して行い,良好なコンディションの維持·継続に取り組んだ。こうした取り組みは,岡田監督をはじめとするコーチングスタッフ,トレーナーおよびドクターとの緊密な連携のもとに実施された。これらの結果や情報を皆で共有することによって,トレーニング計画や内容および強度に反映され,有効に役立てられたということができる。南アフリカの高地での酸素飽和度の値は,ほとんどの選手で97~98%を示し,高い水準を確認することができた。FIFA 発表のグループリーグ(3試合)の1試合平均の走行距離は,日本は110,483 kmで32ヶ国中2位であり,コンディションが良かったことを裏づけるものといえる。